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増子指導員の部屋へようこそ!
このコーナーでは、増子指導員が特に記事にしたいと思った日々の出来事を載せていきたいと思います。
◆ガンダムくじで一等賞
先日、出勤前に、酷く疲れていたので、近くのセブンイレブンへまわり、高級な栄養ドリンクを購入しようと訪れたところ、機動戦士ガンダムのくじが1回税込620円で販売していました。何気なく、くじを引いてみるとなんと一番最高のA賞「ガンダムナイトランプ」なるものが当たりました。
パッケージには、アムロの名ゼリフの「こいつ動くぞ!」ではなく「こいつ、光るぞ!」と記載されており、早速電池を購入して、我が家の玄関に置いて、スイッチを入れてみました。そうしたら、ファーストガンダムの頭部と目が優しく光り、とても穏やかな気持ちになりました。
その後も仕事で辛いことがあった時は、度々玄関のガンダムのライトをつけて、暫く眺めることが多くなりました。
いまや増子家の玄関は、家族みんなが心安らぐ癒しスポットとなっています。(嘘です。by妻)
(2017年2月)
◆静岡大会にて
久しぶりの記事です。
平成27年9月22日に静岡県浜松市において中部型競技錬成大会が実施されました。試合当日の講習会と審判を務めるため、福島県支部から自分を含め5名の指導員が静岡を訪問しました。自分は、今回で2回目の静岡となります。
今回はシルバーウィークの最中ということである程度道路の混雑は予想していましたが、予想以上に混んでおり、行きは11時間かかってしまいました。
さて、静岡県といえば、皆さんもご存知のとおり「ガンダムの聖地」と言われる場所です。あえて説明するまでもありませんが、バンダイの本社が静岡県にあることで、ガンプラ(ガンダムのプラモデル)発祥の地とされているからです。
静岡県を見渡すと、広大な駿河湾や富士山を始めとする山々はまさに巨大なジオラマの世界に見え、今すぐにでも海からシャアズゴックが、山からはトリプルドムが現れるようです。
そして、東名高速道路の静岡パーキングには、何とガンダムショップが存在し、そのためこのパーキングはいつもとてつもない賑わいを見せています。
2年ぶりにショップを訪れ、迷った挙句、愛息子へガンダムTシャツを、自分にはつけていると3倍速く動けるシャア専用ファイテンを購入し、おかげで静岡遠征を満喫することができました。
次の日になり、ホテルから大会会場へ向かう途中で、徳川家康公が17年間滞在していたとされる浜松城を見学しました。
その後、大会会場入りして、午前中の講習会に望みました。
自分は、子供から大人まで約25名の選手へ、平安その1と平安その2を指導しました。午後に型錬成大会が行われ、全48試合を裁きました。
2年前にこの大会を見たときより、選手一人一人のレベルがとても向上していると強く感じました。この中から全日本大会や世界大会を目指す選手が沢山出てくるなと感じ、10時間かけて福島県へ帰ってまいりました。
(2015.9月)
◆夢叶う!
福島県で実施していたリアル宝さがしイベント「コードF4」で、全県にまたがる全20ヶ所の宝探しを全制覇した記念の品がようやく自宅に届きました。
届いたものは上品な素材で仕上げたカードケースで、本来なら宝探しをクリアした際にもらえるお宝カードを入れるための物でしたが、最初から決めていた通り早速私のお気に入りのコレクション「北斗のマンのシール」全20種類を写真のように入れてみました。
豪華なケースに気品のあるシールコレクション。素晴らしいの一言ですね。細やかな幸せを感じる今日この頃です。
(2014.10月)
◆世紀末覇者ラオウ現る
先日、知人から北斗神拳の長兄「ラオウ」のフィギアを戴きました。
何ヶ月か前にも北斗神拳伝承者「ケンシロウ」のフィギアもいただいており、北斗の猛者2人が揃いました。
増子家にこうして並べて飾ってみると199X年の荒れた時代を力強く生き抜いてきた力が伝わってきて、増子家のパワースポットになりそうです。
(2014.9月)
◆エイトレンジャー2×コップのふち子
先日、近所のセブンイレブンで700円以上買い物してくじをひいたら、何と一等賞が当たってしまいました。
店長を含めた3名の店員から多大なる祝福を受け、賞品のセブンイレブン限定「エイトレンジャー2×コップのふち子」をゲットしてしまいました。
さっそく家で開封し、コップにふち子やらエイトレンジャーやらを乗せてみました。セッティングをすると明らかにコップとしての使い道ではなく、鑑賞用として楽しむものだと理解しました。
自分は果たして、こんな形で運を使ってしまってよいのかと思いながらも、ちょっぴり嬉しい出来事となりました。
(2014.7月)
◆不審者みたび
増子広行指導員が地元の小学校で三度目の防犯訓練における不審者役に大抜擢されました。
3年目ということで段々不審者にも慣れてきた感があり、遠慮なく金属バットで廊下を打ち鳴らしながら大声をあげる増子指導員に子供達は驚きを隠せない様子でした。
不審者はいつ何時現れるかわかりません。自分のことは自分で守るのが基本であり、常にアンテナを張り巡らせておく必要があります。
皆さん、怪しい人を見かけたら近づかないよう心がけましょう。
(2014.5月)
◆コードF4クリア
福島県の各地に隠された宝箱を謎解きしながら探すイベント「コードF4」が福島県主催で企画され、増子家が第2、3弾に引き続き3回目のチャレンジをしました。
今回は県内20箇所ということで、3月から5月にかけてチャレンジし見事20個の宝箱を探し出しました。
子供達は既にこの企画に飽きていたようでしたが、そこは自分が家族全員のテンションをあげまくり、時には大雨、時には寒さと戦いながらなんとか達成することができました。
福島県の新たな観光資源の発見や活性化につながる楽しい企画であり、今後も継続して実施してほしいです。
また、次の「コードF5」には是非玉川村や平田村も入れていただきたいです。
(2014.5月)
◆大日本プロレス福島へ上陸
↑バラモン兄弟(右) |
私は子供の頃からプロレスが好きですが、ずっと見たいと思っていたデスマッチを売りにした団体「大日本プロレス」が10年ぶりに福島(福島市国体記念館)にやってくるということで、早速コンビニでチケットを購入し職場の先輩とその息子と3人で見てきました。
会場の外には大日本プロレスのレスラーが大きく写っているトラックがあり、それだけでテンションが上がりまくりました。
試合場に入るとレスラー達が一生懸命グッズを売っており、取合えずパンフレット(1,000円)を購入し、ゴングを待ちました。
第二試合になり、悪役レスラーのバラモン兄弟が登場。変な液体を口から吐き出し、私の席にかかったため、暫くは後ろの方での観戦を余儀なくされました。
バラモン兄弟は試合そっちのけでやりたい放題。なんか俗世間から離れたようで、とても楽しい試合でした。
そして、なんとあの「橋本真也」の息子「橋本大地」選手がバラモン兄弟の相手でしたが、橋本選手のタッグは善戦虚しく破れてしまいました。
↑これ(有刺鉄線ボード)に |
↑こうなる |
その後、有刺鉄線ボードデスマッチや蛍光灯デスマッチがあり、観客の子供や女性は目を覆うばかりの試合となりましたが、人生初めてのデスマッチ観戦に私はとても感激しました。
試合後は血だらけの選手からサインをもらうなど一生の宝物もゲットできとても充実した一日となりました。
後日、どうしてもあの感動を伝えたくて、道場でプロレスの話を子供達にしたらきょとんとしてしまい、話さなければよかったと後悔しました。
おもしろいのになぁ。
(2014.3月)
◆祝!コンプリート
久しぶりの書き込みです。
私は、4月5日で40歳を迎えようとしており、周りからは「初老」と言われる年になってしまいました。
それはそれで感慨深いことではあるのですが、話は全く変わり、この度、私の年代だったら8割強の割合で大好きな「ビックリマンチョコ」と「北斗の拳」がコラボした「北斗のマンチョコ」がロッテから発売となり、セブンイレブンにて先行発売されました。
当時ビックリマンは1つ30円でしたが、北斗のマンは何とその3倍の105円。原材料の高騰なのか時代の波なのか。
近所のセブンイレブンに行くとまだ発売間もない時だったので沢山店頭に並んでおりました。偶然そこに居合わせた道場生に「増子先生の生き様見ておけ」と吐き捨て、10個(占めて1,050円)を大人買いしてきました。
「北斗のマン」の話題は私の周りでもどんどん広がっていき、もはや社会現象になる勢いでした。今ではどこのセブンに行っても品切れ状態。発注しても生産が間に合わないのか、入荷見込みなしと言われる始末です。
そんな中で「北斗のマン」仲間と交換したり譲りうけたりとあらゆる手を使って、何とか全20枚集めることができました。
一番のレア商品は「ラオウ昇天」で、男だったら誰でもしびれる名セリフ「我が生涯に一遍の悔いなし」が書かれたシークレットシールです。
是非、ロッテさんには第2弾の発売を強く要望いたします。
ちなみに希望ですが、第2弾のシークレットシールは「ジャギのみ〜た〜な〜」でお願いしたいです。
(2014.3月)
◆不審者再来
地元小学校で、2年連続で防犯教室における不審者役を依頼され、お気に入りのサングラスをつけてフード帽をかぶり、金属バット持参で不審者役を務めてまいりました。
手に持っている金属バットでカツンカツンと音をたてながら校内を練り歩き、「うるせー!校長を出せ!」など通常では発することの無い暴言の嵐で一生懸命悪い人を演じました。子供達も緊張感を持って非難することが出来、最後には先生方に取り押さえられてハッピーエンドとなりました。
2回目でだいぶ慣れてきましたが、暴言第一声で思わず「校長先生をだせ!」と叫んでしまった時には『不審者のくせに先生とか言って敬っちゃってんじゃん!』と自分にツッコミを入れてしまいました。人の良さはなかなか消そうと思っても消えませんね(笑)
実際に怪しい人が侵入したらこう簡単にはいかないと思いますが、日常生活の中で常に防犯意識を持っているのと持っていないのでは大きな違いがあるということを子供達と一緒に勉強することができました。
皆様も事件に巻き込まれないよう「いかのおすし」(『いか』・・・いかない 『の』・・・・のらない 『お』・・・・おおごえをだす 『す』・・・・すぐにげる 『し』・・・・しらせる)を守って安心安全な生活を送りましょう。
(2013年5月)
◆総本部型講習会に参加
平成25年2月3日(日)に極真館総本部において、3月開催の国際指導者合宿及び6月開催の第3回全世界型競技空手道選手権大会に向けた講習会が技術委員会主催で行われました。
増子広行分支部長と石川道場の馬場哲明指導員・小池由希子指導員・國分篤太朗準指導員、白河道場の田村優太指導員の合計5名で参加してまいりました。
冒頭に岡崎寛人首席師範から、空手の稽古をするにあたっての体の使い方について、約10分程度講義がありました。
その後、撃砕小、最破、征遠鎮、観空、五十四歩、臥竜、十八の順に相対稽古も途中入れながら、審判・選手・審査等に必要なポイントの解説がありました。
今年は型の世界大会が日本で開催されるとあって、とても気合の感じられる講習会でした。
(2013年2月)
◆ズゴック現る
「ザクとうふ」の続編として、このたび「鍋用!ズゴックとうふ」が発売されました。
これはもう中年の私達にしか照準を合わせていない所謂一本釣りというやつでしょうか。まんまと商戦にひっかかり近くのスーパーのレジのおばちゃんに「ぷっ」と吹き出されるのにも耐え3丁も購入しちゃいました。
さっそく湯豆腐にしてみると、水面から不気味に顔を覗かせるズゴック3体が今にも飛び出してきそうな様子でした。
少しかわいそうな感じはしましたが、思い切って食してみると味はいたって普通で、4人で食べるにはズゴック6体位ないと物足りない量でした。ちなみに初回限定でズゴックの手を形取ったフォークがおまけでついており、子供達はその食べにくいフォークで頑張って食べました。
ザクぷりんなるものまで発売され、ますますおっさんの出費がかさむ今日この頃です。
(2012年10月)
◆東京日帰り旅行記
先日、妻と久しぶりに東京へぶらり旅をしてきました。
まず、最初に訪れたのはガンダム好きなら誰でも知っている、「ガンダムフロント東京INお台場」です。ここは、オープンしてから大分経過しましたが、ずっと行きたいと思っていた聖地でした。
館内に入るとすぐに沢山のガンプラが私達を出迎えてくれました。特にお気に入りのパーフェクトジオングは、今にもガラスケースから飛び出してきそうな大迫力で、気づくと口を開けて見ていました。その後、巨大ドーム型スクリーンによるモビルスーツの戦いの動画を15分程度視聴しました。巨大スクリーンは360度見渡せ、あちこちをモビルスーツやホワイトベースが飛び回り、動画が終了したらとても首が痛くなっていました。
動画を見た後は、等身大の墜落したコアファイターやシャア・アズナブル(映像)と写真を撮ったり、グッズ売り場を見たりと楽しい時間を過ごしました。
最後に、店の外にある勇壮な等身大ガンダムを見てから、次の目的地へ向かいました。
次に訪れたポイントは、東京都現代美術館で開催されていた「特撮博物館」です。ここは何体もの巨神兵が突然東京に現れ襲いまくるといった、すさまじい特撮映像と、その撮影に使われたミニチュアを展示している場所で、その特殊技術と手間暇かけてミニチュアを製作する工程にはただ感心させられるばかりでした。
ここでは、自分が巨神兵になったつもりで、東京の街に現れる写真を撮ることができ、私はダチョウ倶楽部の「ヤーっ」で撮りました。帰りに巨神兵のガチャポンを買って自分へのお土産にしました。
続くポイントは、アートアクアリウム展「江戸金魚の涼」です。
大きな金魚鉢に沢山の金魚が泳ぎまわり、色んな光を当てることによってキラキラと色が変化してまさにアートそのものでした。当日は大雨にも関わらず檄混みで、人を見に行ったのかと思うほどでしたが、心地よい琴の音色が響き渡る館内から「和」の癒しをもらいました。
この日はずっと大雨で大変な目にあいましたが、それも良い旅の思い出となりました。
(2012年9月)
◆ついにザクとうふを実食!!
もう知っている人は多いかと思いますが、ずっと高級で手の出なかった「ザクとうふ」が先日見切品で激安販売していたようで、自分のために妻が購入して来てくれました。
「キヌとはちがうのだよ、キヌとは!!」とパッケージに書いてあるとおり、枝豆風味でとても濃厚な味わい。
めんつゆをかけると、須賀川道場の古川先生のブログの記事にあったように、プリンのような雰囲気を醸し出すへんてこな豆腐ですが、それでいて量産型ザクの高貴な面構えが何ともりりしく感じました。
ガンダム好きな自分にとってはとても幸せな一時でした。
今後は是非「リックドム」や「ゴック」の豆腐を製作していただきたいと願うところです。
(2012年5月)
◆防犯教室で不審者役を務める
不審者登場 |
先日ある学校から私に「防犯教室の不審者役」の依頼があり、初めて不審者役を務めてまいりました。
この日の防犯教室は、学校にバットを持って侵入してきた不審者から迅速に生徒を安全な場所へ避難させることが目的でしたが、不審者に対する先生方の訓練ということもあり(私が真面目に暴れるのは先生方には非公開)私も真剣に不審者役に徹しました。
争いごとを嫌う自称ピースフルな性格の自分には、人に乱暴な言葉を投げつける事にすら物凄い抵抗感があり、正直上手く出来るか不安でしたが、自分の第一声から先生方の表情が変わり、先生方も真剣に子供達の避難誘導をしていました。
手近な物を武器に戦う先生方 |
遂に捉えられる不審者 |
子供達を避難させると今度は不審者を取り押さえる訓練になり、先生方は手近にある物で自分の身を守っていましたが、最後には必死の形相で向かってきた先生にタックルされ、お気に入りのサングラスが壊れそうになったので抵抗を止めました(笑)
最近は物騒な出来事が沢山あり、いつ何が起こるかわからない状況ですので、こういった訓練を積み重ねることで連絡系統をしっかりさせ、迅速な行動を起こすことが大事なのだと感じました。
その後、訓練に参加した先生から「予想以上に緊張した」という感想をいただき、無事役目を果たせたなと思いました。
(2012年4月)
◆型講習会の日の出来事
↑道場へ続く階段。毎回緊張します。 |
平成24年2月25日(土)に埼玉県西川口にある極真館総本部道場での型講習会に参加してきました。
講習会の内容は玉川分支部の分支部ニュース2月号に書きましたので、ここではその日にあった出来事を書きたいと思います。
この日は夜のうちに雪が降り、朝起きてみると一面の銀世界が広がっていました。早めに家を出たものの路面の凍結により思うようにスピードが出せなかったり、雪道運転に慣れていない車が必要以上にゆっくり走ったために出来た渋滞に巻き込まれたりして、新白河駅に着いたのは乗る予定だった新幹線の発車5分前でした。駅に一番近い駐車場に車を停め、雪に足を取られながら緑の窓口へ猛ダッシュ。切符を買い、エスカレーターを駆け上ってホームへ着いたのが発車1分前。本当によくぞ間に合ったなと言う感じでなんとか予定通りの新幹線に乗り込むことが出来ました。
さて、そんな事がありつつも型講習会は無事終了。
稽古が終わった開放感に浸りながら西川口駅に向かっていると、とあるコンビニの前でリアル「ペンキ塗りたて」の注意書きを見つけました。面白かったので写真を撮ってきました(笑)
この日は翌日に地元の縄跳び大会が控えていた事もあり(自分は役員なので朝が早い)、東京へ遊びに繰り出す事もなく、おとなしく新白河に戻りました。・・・が、夕飯を食べてから帰ろうということになり、以前から妻が行きたがっていた居酒屋「笑ぶきや」に行く事にしました。
白河市にある「笑ぶきや」は昭和をモチーフにした居酒屋で、店内のいたるところに昭和時代のポスターが貼られ、駄菓子も販売していました。
店内には昭和にヒットした名曲が流れていて、自分の思い入れがある曲が沢山流れてきてテンションが上がりました。ちなみにCMソングだった児島未散さんの「ジプシー」、黒夢の「SEE
YOU」、国武万里さんの「ポケベルが鳴らなくて」などが流れ、懐かしみながらも歌詞の古さにつっこんだりしつつ、じっくりと耳を傾けてアツアツの鍋をいただきました。
また、このお店は飲み物メニューも豊富で、ビーカーで調合しながら飲む理科の実験のようなカクテルやプリンが丸ごと中に入っているカクテルなど一風変わったものが私達を楽しませてくれました。しかもノンアルコールでも作ってくれるので、下戸な自分も楽しめました。
これからもどんどん新規開拓して、面白可笑しいお店を見つけていきたいです。
↑左がプリン入り |
↑調合後 |
(2012年2月)
◆猪木ボンバイエ
平成24年1月28日(土)に東京・横浜観光をしてまいりました。翌日に総本部で型講習会が開かれるので、ちょっと早めに首都圏入りして観光しようということになりました。
お昼位に東京へ着き、まず入谷にある割烹さいとうに向かいました。ここはめちゃくちゃ盛りのいい海鮮丼が有名で、開店の20分前に着いたにも関わらず、すでに20人以上並んでいました。これぐらいならすぐ入れるかなと思っていたら、混雑具合により開店が早まったようで、すでに店内は満席状態。結局寒い中一時間並んで海鮮丼を食べる羽目になりました。この日は特に寒く、並んでいる最中に体の芯まで冷え切ってしまいましたが、途中甘酒が振舞われ何とか寒さを凌ぐことができました。ようやく店内へ案内され、間もなく海鮮丼が登場しましたが、具材が本当にメガ盛りですっかり満腹になりました。この海鮮丼は丼の形で注文すると食べにくくてしょうがないので、常連さんは別盛りにしてもらうんだそうです。ネットで見つけた情報だったようですが、さらりと注文した妻に少し感心しつつ「丼に盛ってもらっても良かったな」と後から言ったら怒られました(笑)
次に訪れたのはつきじ丸武。ご存知アニー伊藤(テリー伊藤の実兄)の厚焼きたまごのお店でした。サンデージャポンが大好きな私は、番組に登場するたびに一度は行ってアニー伊藤を一目見たいと思っており、ようやく夢を叶える事が出来ました。肝心のアニー伊藤はお店の奥にでんと座り、とても貫禄がありました。妻は玉子焼きが目当てだったようですが、サイズが大きかったのとお腹一杯だったのもあって、結局試食で満足して帰ってきました。
その後、向かいにある築地「道の駅たまかわ」へ寄り、店員と玉川の話で盛り上がりました。
築地を離れた私達は次に横浜へ向かいました。カップヌードルミュージアムが目当てでしたが、オリジナルカップヌードルが作れるマイカップヌードルファクトリーの受付が終了していたので、ワールドポーターズや赤レンガでショッピングを楽しみました。
日が暮れて街が色付き始めたので、今回のツアーのメインである新宿の「アントニオ猪木酒場」へ向かいました。
新宿駅から結構遠く、夜の歌舞伎町の煌びやかさに驚きながら歩いていると、大音量でジンギスカンを響かせながら走ってくる車がありました。なんとなくそちらを見やるとその車に積まれた巨大な看板に輝く「ひげガール」の文字!!これもサンジャポに良く出てくる一度は行って見たいお店だったので、テンションは一気にMAX!周りも気にせず「うおぉ!ひげガールだ!!」と叫んでしまいました(笑)
しかもそのすぐ近くでひげガールの広告が入ったティッシュを配っていたので、テンションはメーターを振り切りました。妻には他人の振りをされましたが興奮はしばらく収まりませんでした。
そんなこんなでようやく着いた猪木酒場は、プロレス好きなら一度は行っておかなければならない聖地でした。(増子談)
店内に入ると猪木になりきって写真が撮れるポイントがありました。自分ももちろんなりきりました。店員さんに予約していた事を告げると、突然レジ横のマイクに向かって「ご予約のお客様がご来店です!」と言ったかと思うと「カーーーーン!」と高らかにゴングを鳴らしてくれました。またしてもテンション急上昇(笑)
店内にはどの席でもプロレスのビデオが観れる様にテレビが設置されていて、昔なつかしの試合や最近の試合まで興味深い内容のものばかり流れていました。メニューもオリジナリティ溢れるものがたくさんあり、お客さんの協力で最後の仕上げを行う「1・2・3サラダーッッ!!」を注文してそのパフォーマンスに大笑いしました。他にも突然ジャンケン大会が始まったりと楽しい演出が満載でした。
そんな中、一人の店員さんが自分に「お客様の後ろの席に実は本物のレスラーが来店されてるんです。」と教えて下さいました。
知らない選手だったし、プライベートで来ていたとしたら逆に失礼かなと思い躊躇していましたが、店員さんがそのレスラーさんの試合のDVDを流してくれたり、ジャンケン大会でも特別ゲストとして紹介されたので、思い切って声をかけて写真を一緒に撮ってもらいました。翌日の総本部稽古前にすっかり闘魂注入でき、大満足でした。
ジャンケン大会の様子 |
(2012年1月)
◆くじ運
久々の更新です。
1月始め、職場近くのギフト店で買い物をしたところ、お店の感謝祭福引券を1回分もらいました。
最初は妻にあげましたが、抽選日が月末だったこともあり、「どうせ当たんないんだよね〜」とめんどくさがっていました。「それが意外と当たるんだよ」と言ってみても妻の気が変わらなそうだったので、職場の同僚とお昼休みに行く事にしました。
ギフト店について見ると、ガラガラ回すタイプのくじ引きが置いてありました。どうやら赤玉が一番良い特賞のようです。
軽い気持ちでガランと回すと、カランコロンと落ちてきた玉の色は「赤」。
ナント!特賞をゲットしてしまいました。
嬉しさのあまりお店で同僚に写メを撮ってもらったのが左の写真です。
家に帰って開けてみると、DKNYのピンク色のタオルセットでした。それには子供達が大喜びで、早速どのタオルを誰が使うかではしゃいでいました。
これで今年の自分の運を使い果たしていないといいんですけどね。
(2012年1月)
◆ルイーダの酒場で食事
先日、家族4人で東京まで旅行に行きました。
大人も乗れるネコバスに乗ったり3Dのプラネタリウムを見に行ったりしたのですが、その際に六本木にあるドラゴンクエストのお店「ルイーダの酒場」にてディナーを楽しむことにしました。
このお店は、ゲームの世界を再現した店内でドラクエの敵やアイテムを形どった飲食物を提供するお店で、予約しないと入れない位人気のお店です。
キングスライムのデミオムライス |
写真のようなメニューの他「エルフの飲み薬(ノンアルコール)」や「マヒャドブルー(カクテル)」などを注文しました。私の一番のお気に入りは「スライムつむりの抹茶コルネ」で、完成度も高くとても可愛くて食べるのをためらうほどでした。
一品一品運ばれるごとに店員さんが「スライムが現れた!」とか「マドハンドが現れた!」「さあどんどん退治しちゃってくださいね!」などと声を掛けてくれるので、とても楽しく食事をする事が出来ました。
そんな素敵な時間もあっという間に終わりとなり、最後は冒険の証を受け取って店を出ました。
興奮が冷めやらない自分が後日、ドラクエの「モンスターズ ジョーカー2」を購入したのは言うまでもない。
スライム肉まん・あんまん |
マドハンドのキーマカレー |
ギガンテスの棍棒 |
メダル王のちいさなメダルPIZZA |
スライムつむりの抹茶コルネ |
おおきづちのプラウニー |
(2011年6月)
◆お手紙
5月末頃から平田道場へ見学に来るようになった島貫ちひろちゃん(小学1年生)が、2回目に見学に来てくれた時のことです。
稽古の合間の休憩時間におもむろに走り寄ってきたちひろちゃんは、4つに折りたたまれた水色の紙を渡してきました。なんだろう?と思い開くと、そこには写真のような道着を着た男の人が書かれていました。そして脇には「せんせい」の文字。
「おお!?これはもしかして俺?」と聞いてみると、ちひろちゃんが笑顔で「うん」と頷きました。
長年空手をやってきましたがこんな風にお手紙をもらったのは初めてで、予想外の嬉しさに自分でびっくりしてしまいました。
あまりに嬉しすぎてここでこうしてお披露目しているくらいなんですが・・・(笑)
この絵、大事にしようと思います。
(2011年6月)
◆初めてのライブハウス
先日、人生初のライブハウスを経験してきました。
きっかけはラジオで、高校生時代に大好きだったPERSONZ(パーソンズ)というバンドが20年ぶりに郡山にやってくると聞いたからです。
どれくらい大好きだったかというと、アルバムは全て揃えライブビデオも何本か持ち四六時中曲を聴いているほどの熱の入れようで、郡山市民文化センターで行われたライブにも2回程友達と行きました。
とはいえいつの間にか熱も冷め、長い年月が経過してPERSONZの事もすっかり記憶の彼方に追いやっていましたが、ラジオでライブの情報を得た瞬間に当時の感情が甦り、ライブに行きたい気持ちが芽生えてしまいました。
ところが高校時代にも一緒に行った親友を誘ってみましたが断られてしまい、一度も足を踏み入れたことのないライブハウスというところに一人で行く勇気も持てずに、仕事も忙しいし誰も一緒に行ってくれないし…などと諦めの理由を並べていたところ、見かねた妻に「そんなに気になっているライブなら一人でも行ってきなよ。」と背中を押されてコンビニでチケットを購入しました。
ライブハウスという若者めいた響きに気後れしつつドキドキして会場に入ると、観客の年齢層が同年代かそれ以上と高い事に安心し、ライブハウスがとても小さな空間だという事に驚き、バンドとお客さんの距離が異様に近いので自然と期待が高まりました。
いよいよPERSONZが登場しファンにとっては御馴染みの3曲が演奏されると会場は一気に盛り上がりました。ボーカルのJILLは50歳を超えているとは思えないバリバリのロックスタイルで感動しました。
MCに入り、JILLが「福島は20年振りです。最後に郡山市に来た時は、私は覚えていませんがスタッフに聞いたら停電になり中断したようです」と言うのを聞き、心の中で「俺もそこにいた!」とテンションが一気に上がりました。そのライブに来ていた人ということで手を挙げさせられましたが、自分も含めて5名程しかいなくてなんとなく気分が良かったです。
周りの皆は身体を揺らしながらジャンプしたり首を振ったりとノリノリでライブを楽しんでいましたが、体調が悪くマスクもしていた私は壁にもたれながら静かに音楽を楽しんでいました。そんな中自分の大好きだった曲が始まり、それを聴きながら当時から20年経ち色々な事があったなぁ…とか、PERSONZのメンバーも一時は欠けたがまた同じ仲間で頑張っているなぁ…とか、PERSONZの歌詞でおそらく一番多く出てくるであろう「夢」というキーワードについて色々考えたりしていたら、不覚にも涙が出てきてしまいました。そんな自分にビックリしましたが、PERSONZからたくさんの元気と勇気をもらい、明日からまた頑張れる!といい気分で家路につきました。
PERSONZありがとう!
(2011年2月)
◆増子家の書初め
昨年から始めた増子家の書初めは、今年は1月2日に行いました。
昨年は自分が一番好きなコーヒーの銘柄「香味焙煎」を書きましたが、今年は是非コスモを感じたいと思い「小宇宙」(コスモと読みます)と書きました。コスモは、セイント星矢を観ていた人にしかわからないものですが、簡単に説明するとこの「小宇宙」を感じたときに戦士たちはとてつもない力を発揮することが出来るのです。自分もここぞという時に、その火事場のクソ力のようなものを出せるようにしたいとの願いを込めて書いてみました。
元々習字が苦手だという妻は、寸前まで「なんで増子先生の思いつきに巻き込まれなきゃなんないんだ」と渋っていましたが、子供達が嬉々として書初めに取り組むのを見て、本当に渋々といった感じで「愛」と書いてくれました。長女は「小鳥」と「友じょう」の2枚を書き上げ、次女はつたないひらがなで「ままぱぱすき」と書いて両親を喜ばせてくれました。
今年も良い一年になればいいなと思います。という訳で皆様、今年も宜しくお願いします。
(2011年1月)
◆福島県支部黒帯忘年会開催
平成22年12月18日(土)に石川町の高蔵内温泉において、福島県支部黒帯忘年会が開催されました。
約20名の参加者一人一人から平成22年の活動報告があり、今年の福島県支部は玉川分支部の増子広行分支部長と石川道場の小池由希子指導員が全日本型競技選手権大会で優勝し、また、暮れにロシアで開催された青少年世界大会で出場者3名が全て入賞するなど型でも組手でも好成績を収めた一年であったため、忘年会の盛り上がりは大変なものでした。
そのうえ今年は秋田県支部の細井毅之支部長(ラーメン店「新選具味」店主)が参加され、自慢のラーメンを参加者全員に振る舞って下さいました。
細井支部長のラーメンは、比内地鶏と会津地鶏のコラボが実現したスペシャルラーメンで、激ウマ半熟煮卵と口の中でとろけるチャーシューが絶妙のハーモニーを奏でていました。
厨房に潜入していた私と馬場哲明指導員と高橋佳秀準指導員の3名は、細井支部長のラーメン講座を聞きながら煮卵とチャーシューを沢山つまみ食い(特に馬場指導員)してしまいました。
この細井支部長特製のラーメンにより、ご機嫌のうちに忘年会は幕を下ろしました。
秋田から沢山の道具や具材、ラーメンを準備いただきました細井支部長に感謝いたします。ありがとうございました。
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(2010年12月)
◆極真館DVDの撮影
平成22年10月10日(日)〜11日(月・祝)に石川町立沢田小学校体育館において、極真館の型教本DVDの撮影が行われ、自分も「征遠鎮」の型で出演するため撮影に参加してきました。
今回の撮影スタッフは6名と想像していたより多く、また廬山初雄館長が監修されるということもあり張り詰めた空間の中での撮影となりました。
初日に自分の出番は無かったのですが、撮影を手伝うため一日撮影に付き合いました。2日目の撮影の時には、石川道場の小池由希子さんと征遠鎮を号令をかけて演武し、次に自分が演武しているところに岡崎寛人技術委員長の解説をつける形で撮影が行われました。岡崎技術委員長が解説をしている間は姿勢を維持しなければならないので、とても辛かったのですが何とか持ちこたえることができ、終わった後は暫く放心状態になってしまいました。
撮影終了後、廬山館長より下段払いの腰の使い方についてご指導いただいたので、また今後の課題ができました。
このDVDは来年の1月に開催される型練成大会前には完成するようです。今から発売が楽しみです。
(2010年10月)
◆こびとづかん
皆さんは「こびとづかん」を知ってますか?
よく本屋さんの絵本コーナーに置いてある気持ち悪い顔の生き物が書かれた絵本です。恐いもの見たさといいますか、えも知れぬ魔力のようなものに引き寄せられて何度か眺めていたら、それが段々可愛く見えてきてしまいついにこの前本を購入してしまいました。
最近、こういった買物が多いのは疲れているせいでしょうか・・・。
その本では様々なキモ可愛いこびと達が紹介され、更には掴まえ方や飼い方なども写真つきで説明されています。そんなこんなでついついグッズまで高いお金を出して大人買いしてしまいました。
下の娘(5歳)が自分と同じくらいこびとを気に入ってくれたので、冗談で「今度捕獲装置を作って掴まえようね」と言ったら、本気にされてことあるごとにせがまれています(どうしよう…)。
そんな娘とこびと達に癒されている今日この頃です。
(2010年10月)
◆湾岸城東支部へ出張指導に行きました
東京都江戸川区にある城東湾岸支部の山崎雄二支部長から、道場生を対象とした型講習会にて指導して欲しいと依頼がありましたので、平成22年9月22日に石川道場の馬場哲明指導員と共に指導してきました。
馬場指導員が準備運動・基本稽古を、私が移動稽古・型を担当して、正しい動作や立ち方のチェックを行いました。
三戦立ちを維持することが出来なかったり、引き手を真っ直ぐ引いてなかったりと基本における修正点が多く、また、軸が曲がっているのに気付かずに一生懸命稽古している道場生も何人かいたので、後で自分の姿を鏡等で見ながら修正するよう指導しました。
それでも決めるところはビシッと決められる上手さがあるので、成長が楽しみだと感じました。
その日講習会の会場となった体育館にはなんと宿泊施設もあり、私達はそこに泊まる事になっていましたが、遠くに観覧車が見えたりと夜景も楽しめなかなかいいところでした。
翌日は、城東湾岸支部主催の「第1回東関東空手道大会」(湾岸祭り)がブンブスポーツ文化館にて開催され、300名を超える選手が熱戦を繰り広げました。
実行委員長としてやり遂げた山崎雄二支部長は本当にお疲れ様でした。
(2010年9月)
◆ガンダムカフェに行ってきました!
総本部で行われた練習会の帰りに、一緒に稽古に行った白河道場の田村優太君と二人でガンダムカフェに行ってきました。
『折角埼玉まで行くのに、ただ帰るのはもったいない!』と思い、元々ガンダムが好きなことは知っていた優太君を軽い気持ちで誘ってみたら、予想以上の喰い付きっぷりにこちらもテンションが上がり、稽古疲れもなんのそので意気揚々と京浜東北根岸線に乗り込んだのでした。
電車に揺られる事二十数分。電車は無事に秋葉原駅のホームへ滑り込みました。
駅からすぐ近くにあるガンダムカフェを見つけると、二人のテンションはさらに急上昇!
早速行列に並びましたが、外から中を覗いたり店の外観を写真に撮ったりとそわそわしていました。
ようやく案内されて店に入ると、早速宇宙空間にいるガンダムが私たちを出迎えてくれました。
店内には到るところにガンダムキャラのオブジェが飾られていて、二人で「連邦の白いやつ」というネーミングのガンダムに見立てたハンバーグスパゲティを食しながら、ガンダム談義に花を咲かせました。
短い時間でしたが俗世間から離れたガンダム空間はとても心地がよかったです。いや〜楽しかった!!
(2010年9月)
◆再びくすぐられる男心
私は小学生の頃から「キン肉マン」が大好きです。
当時のハマリようは集めたキン消しが段ボールに1箱分もあるくらいで、今でもたまに引っ張り出しては子供達とキン肉マンごっこをして楽しんでいます。コミックスも最終巻以外は全て持っていて、特に「キューブマンVSチエの輪マン」の名勝負が一番のお気に入りでした。
そんな私の男心をくすぐるグッズをまた発見してしまいました!
それがこのキン肉マンのミニミニフィギュアです!どうです?可愛いでしょう♪
これはバスボムの中に入っているので、バスボムが溶けるまでは何が入っているのかわからないというわくわく感も味わえるため子供達も大喜び。
今の所のお気に入りは写真の左から二番目にいる「ベンキマン」です。普通の人にとってはハズレでしょうが、自分にとっては大当たりの一品です。
次はカレクックが欲しいなぁ。押忍。
(2010年9月)
◆シャア専用・・・
最近、空手の帰りにコンビニを訪れると30代の男心をくすぐる商品をたくさん見かけます。
その中でも「機動戦士ガンダム」関連のグッズは、小学生の頃から大好きなこともあって思わず大人買いしてしまいます。
この前もカップヌードルのコラボレーション企画「赤い彗星シャアのミニガンプラ付きカップヌードル」が3種類あるのを見つけ、全種類(シャア専用ザクU、シャア専用ズゴック、シャア専用ゲルググ)を即買いしました。
早速プラモを作ってみると、赤いスケルトン素材で光沢が素晴らしく、今にも通常の3倍の速さで動き出しそうなモビルスーツが出来上がりました。これを100円ショップで購入したフィギアケースに飾ると、見惚れてしまうほどの出来栄えです。
一人で楽しむのはもったいないと思いこうして記事を書いているわけですが、もし実物を見たいという方がいましたら増子宅まで是非お立ち寄り下さい。
(2010年8月)
◆須賀川市さくら祭りで平田道場生に遭遇!
4月の雪に見舞われ春なのに冬のような寒さに身を震わせていましたが、そんな福島の桜も満開になった4月18日(日)に家族で須賀川市の釈迦堂川へ桜を見に行きました。
あいにくの曇り空で風も強く、ウキウキ♪ランラン♪とは行きませんでしたが、上空に棚引く無数のこいのぼりと満開の桜を楽しんできました。
そんな中、偶然にも「さくら祭り」というものが開催されていたので、何となく出し物であるよさこいを観ていたら、控えている踊り子達の中に平田道場生の阿部優香ちゃん泰聖君兄弟を発見してしまいました。小粋な衣装を着て踊る二人を見て「空手の時より動きがいいな…」と正直思いました。泰聖君に至っては「太極その1がなかなか覚えられないのに、よくこんな難しくて長い振り付けを覚えられたな」と感心しきり。
出番が終わって戻ってきた二人と記念撮影をしながら、空手以外で頑張っている姿が見れてなんだか嬉しい気持ちになりました。
(2010年4月)
◆極真館全世界ワカサギ釣り選手権大会に参加して来ました!
平成22年2月28日に福島県桧原湖において極真館全世界ワカサギ釣り選手権大会が開催されました。
私は毎年出場していますが、何と今回大会事務局が優勝トロフィーを準備して下さり、本格的な大会らしくなってきました。
今回の出場者は会津道場の高橋佳秀さんとご子息の拳君、仲島さんと私と私の娘2人の合計6名でした。
序盤は仲島さんがハイペースで釣り上げていましたが、うちの娘2人が釣りに飽きて仲島さんのテントへ行った途端、遊びに付き合わされてペースを乱し、さっぱり当たりが来なくなってしまいました。そんな中私は、一匹も釣れないのでトイレに行くことにしました。無事に用を足しテントに戻ろうとすると1メートル先も見えないほどの霧が立ち込めてきて、なんと桧原湖で遭難してしまいました。歩いていればそのうち着くだろうとてくてく気長に歩いているといつの頃からか自分の後ろを小学3年生くらいの子供が泣きそうな顔をして、私の後をついて来ていました。
どうやら一緒に来ていたお父さんとはぐれてしまったらしく、私がテントまで連れて行かないと大変な事になってしまうと思って保護することに決めました。その子からお父さんのテントの場所を聞きながら歩いていると天候が悪化してきて、吹雪で前が全く見えない状態の中1時間くらい探し回りました。その子の記憶を辿りながら探しても全く見つからなかったので、行く先々でいろいろな人の話を聞きながらようやくその子のテントを探し当てる事が出来ました。その子に中にお父さんがいる事を確認してもらって安心して別れ、さぁ自分のテントを探そうと周りを見渡したら、すぐ隣に自分達のテントがあったので少しがっかりしました。最初から自分のテントを目掛けて戻れば良かった・・・。
それでも子供を一人助けた事に変わりは無く、いい気分で釣りを再開したところ、今まで全く当たりが来なかったのに3分も経たないうちに1匹目を釣り上げる事が出来ました。やはりいいことをすると神様は見ているのだなと感じました。まもなく2匹目もかかり、釣り上げると見事な巨大ワカサギ(卵入り)でした。このワカサギが本日一番の大物ということで、「ビッグ賞」のトロフィーを玉川村へ持ち帰ることが出来ました。
大会の後半戦にはスキー帰りの大越和彦指導員が合流し、賑やかに空手の話をしながら釣りを楽しみ、その後のランチと温泉まで行動を共にして全日程を終了しました。
来年もワカサギつり選手権に参加し、ぜひ2連覇を目指したいと思います。テントやストーブなど色々と準備してくださった高橋さんと仲島さんには本当にお世話になりました。
(2010年2月)
◆会津古武道祭に参加してきました!
毎年鶴ヶ城で行われている古武道祭が今年は9月22日(火・祝)に本丸特設会場で開催されるということで、初めて家族で参加してきました。
この古武道祭は会津にゆかりのある武道団体(居合・柔道・空手・合気道・なぎなた等)の10団体が日頃の稽古の成果を披露する場で、丁度「会津祭り」真っ最中ということもあり県内外から沢山の観客が集まっていました。
当日演武を頼まれていた私は、武道の聖地「会津」で演武すると言う事で他の団体の鋭い視線を感じながらいつもと違った緊張感を持って臨みました。
子供達2人は初級の部に入りって基本や移動稽古、太極の型を一生懸命演武し、妻は上級の部に入って「撃砕小」の演武をしました。
私は世界大会代表の紹介を受けた後、世界大会決勝の型「五十四歩」の型を披露しましたが、足場が少々滑ったので思い切り踏み込む事が出来ず、少々ほろ苦デビューとなりました。
その後別団体として参加していた石島師範が、サイの型を演武した際にのびのびと動いているのを見て、自分の未熟さを痛感させられました。
こういった武道団体のみで祭りを実施するということは自分が知っている限りでは例が無く、今回参加出来て非常に身の引き締まる思いでした。また、来年もお声がかかれば参加したいと思います。
演武終了後、会津本郷道場の有志の方々が私のために世界大会壮行会を開いてくださいました。
場所は「丸忠」という焼肉屋で、そこで食した「名物さくらトロカルビ」は口に入れた瞬間甘さがとろけながら広がっていき、今まで食べたお肉の中で一番おいしかったです。
最後に元気な店長と有志の方々と共に記念撮影を行い、楽しい会が終わりました。本郷道場の皆様本当にありがとうございました。
(2009年9月)
◆中学校で講演をしてきました!
二ヶ月も前の話になりますが、7月10日に玉川村内の中学校にて講演をする機会がありました。
「総合的な学習」の時間に中学1年生(49名)を対象に「夢」というテーマで講演をして欲しいという講師依頼があり、講話の他にテレビ出演した時の映像やロシア大会の模様などを流したり、演武を行ったりして今までの人生やこれからの夢について語りました。
講演時間は2時間ということを聞かされてからは間が持つかどうか心配だったので、まず体の弱かった子供時代の事、空手を始めたきっかけ、仕事と空手の両立の難しさ、挫折からの復活など、自分の経験してきた事などを時間をかけて資料に起こしてみました。今までこんな風に自分の人生と向き合う事をしてこなかったため、過去の辛い思い出に落ち込んで作業が遅々として進まなかったりしましたが、妻の力も借りつつなんとか伝えたいことをまとめ上げることが出来、それを元に話したお陰で時間ぴったりの有意義な講演会にすることが出来ました。結びにはいつまでも健康で空手を続けることや世界チャンピオンになりたいなど今後の夢についても述べました。
講演会を通して、私が子供達に一番伝えたかったメッセージは、「地方(田舎)でも諦めない心を持てば、きっと夢は叶う」ということでしたが、講演会終了後に女子生徒から「私は東京で就職を考えていましたが、講演を聞いて地元に残ることも選択肢の一つに入れたいと思いました。ありがとうございました」とお礼の言葉をいただき、伝えたいことが伝わった満足感で嬉しくなりました。
講演会終了後に子供達からの質問コーナーがありましたが、せっかくなので2つほど抜粋して載せたいと思います。
Q よく、肘をぶつけて電気が走ったように痺れることがありますが、瓦を肘で割る時は痺れないのですか?
A 正しいフォームで割れば肘が痺れるポイントには当たらないので大丈夫です。
Q 何歳まで空手を続けたいですか?
A 自分にとって空手とは趣味ではなく修行なので、生涯をかけて続けていきたいと思っています。
今回の講演会の依頼を受けたときは簡単に承諾したのですが、配布資料を作成したり話すことを考えていると物凄く大変な事を引き受けてしまったと思い、夜遅くまで考え込む日が続きました。けれどこれまでの自分を振り返ることが出来たし、これからどう生きていくか考える時間がとても大事だと知ることが出来たので悩んだ時間は無駄じゃないと思えました。また、人前でも意外と話せるという自信もつきました。
このような機会を与えてくださった学校関係者の方々には本当に感謝しています。ありがとうございました。
(2009年7月)
◆全日本大会前日の過ごし方
つい最近写真を整理していたところ大会前日の小旅行の写真を見つけたので、マシコ流全日本大会前日の過ごし方を皆さんに教えたいと思います。
今回の全日本大会は妻と子供達も応援に行きたいと言ってくれたので、家族皆で東京に前泊することにしました。大会会場へのアクセスもバッチリで朝食込みなのにお手ごろ価格の宿と、格安の高速バスを全て妻に手配してもらっていざ出発となりました。
ここでも紹介した事のある戦国グッズ専門店「時代屋」に今回もどうしても行きたかったので、子供達を妻に任せて雑貨や駄菓子を見せている間に時代屋をくまなく歩き、織田信長と武田信玄の甲冑フィギュアをゲットしました。その頃妻はお菓子をねだる子供をあやして大変だったようです。
台場一丁目商店街を後にして次に台場小香港に向かいました。いろんなものが買い食い出来るのかと楽しみにして行きましたが閑散としていて全く賑わいがなく、しょうがなく入った回転飲茶の店は料理の味がいまいちで残念な感じに終わりました。
少し疲れてきたので今回の宿泊地である赤羽駅前へ戻り、ホテルの近くのトンカツ屋で「トンカツ定食」を食べました。勝負事の前にカツを食べるというのは代表的なゲン担ぎだと思いますが、他にも開成山大神宮で初詣の時に必勝のお守りを購入し妻に道着の裏に縫い付けてもらったり、髪を短く切って気合を入れたりと出来る事はすべてやって試合に臨みました。
そうして無事にというかなんとか目標を達成することが出来たので、高速バスの乗り場がある王子駅付近でしゃぶしゃぶ食べ放題の祝勝会を行いました。
こうして書き連ねただけでも結構妻には迷惑をかけているので、その恩返しも含めハンガリーの地で世界一になる瞬間を妻に見せられるよう、さらに精進を重ねて行きたいと思います!!
(2009年5月)
◆須賀川道場へ全日本大会の結果報告に行ってきました
大きな大会で成績を残さなければならないというプレッシャーに疲れたとき、私はいつも須賀川道場の門を叩きます。
少し情けないですが吉田師範代からあの温かな笑顔で頑張りを認めてもらうと、いつも励まされてやる気が湧いてくるからです。
今回もそういった面でたくさんお世話になったので、お礼も兼ねて結果報告に行ってきました。
吉田師範代も自分の事の様に私の優勝を喜んで下さり、須賀川道場生に嬉しそうに賞状やトロフィーを見せていました。
「頑張ればいつかきっといい事がある」と当たり前のようなことを設けてもらった挨拶の場で話し、皆で記念撮影をしました。
世界大会が近くなればきっとまた須賀川道場の門を叩くでしょう。その時はまた宜しくお願いします。
(2009年5月)
◆今年も会津本郷道場主催のワカサギ釣り大会に参加しました
平成21年2月28日(土)に福島県北塩原村の桧原湖において、第2回極真館ワカサギ釣り選手権大会が開催されました。
今回は前回仕事の都合で不参加だった義妹と増子家だけで参加することにしました。
天気は快晴で昨年同様会場にはすでにテントとつり穴が準備されており、高橋拳ワカサギ釣り指導員の指導の下さっそくワカサギ釣り大会がスタートしました。
快適なテントの中で動きのない竿を振っているといやがうえにも眠気が押し寄せてきます。横になり片手で竿を振っていたら、「あっ!来てます!!」という拳君の声に物凄くびっくりしました。引き上げてみましたが結果は0。
そうこうしているうちに拳君が釣り上げ、エサを変えようと引き上げた私の竿にも頭を釣り針に引っ掛けたワカサギが1匹かかっていました。
その後はエサをつつきに来ているもののなかなか食いつかない状態が続きましたが、竿の先がピクピクッと動いたのを確認し生まれて初めて自分の力でワカサギを釣り上げることに成功しました。喜んだのもつかの間私は怖くて魚が掴めないので、「拳君、魚取って」と頼んだら佳秀さんが大ウケしていました。
結果は玉川チームは自分が上げた2匹と長女が上げた1匹の合計3匹で、会津チームは沢山だったので今年も会津チームに軍配が上がりました。
その後皆で昼食を食べ、私達だけで休暇村の温泉に入って帰ってきました。特別な事をしたわけではないのに日々の疲れが癒されていることに気付き、また明日から頑張ろうという気持ちになることが出来ました。
(2009年2月)
◆杖道合宿の早朝散歩に参加しました
平成21年1月3日〜4日にかけて石川町で杖道の合宿が行われ、その合宿2日目に行われる早朝散歩に大越指導員と一緒に参加してきました。
早朝6時半からクリスタルパークの坂道を2往復した後、広場で大きな円を作り全員で通常のスクワット30回と四股立ちでのスクワット30回を行いました。最初は寒かったですが身体を動かすことで心地よい温かさになり、気持ちよく一日のスタートを切ることが出来ました。
杖道の合宿に参加されていた方々は埼玉県北支部の石島正英師範をはじめ、春日部支部の青木雪信師範、蓮田支部の見山弘志支部長・小林仁美先生、栃木県支部の蛭田朋広支部長、本部直轄秋田美郷道場の細井毅之先生などお世話になっている方々ばかりで、今年初顔合わせということもあり年始の挨拶から近況報告まで、軽く汗を流しながら語り合い交流を深めることが出来ました。
最後に全員で記念撮影をして解散しました。今年も頑張りましょう!!
(2009年1月)
◆妻、プロレスに目覚める!?
増子指導員の部屋をご愛読の皆様初めまして。妻です。
今回は主人と妹の陰謀の顛末をお話したいと思います。
先日の夏祭りで生まれて初めてプロレス観戦をしました。それまでは攻撃が来るとわかっていて避けないし、なんとなくダラダラ感が漂っているしで『プロレス=八百長=つまらないもの』と思っていました。
「生で観れば絶対ハマるって!!」という主人と妹の言葉にも半信半疑で、一緒に観たら脇で技の名前やらプロレスの歴史やらを延々と語られるのか?とちょっとうっとうしく思っていました。
いざ当日――――。
空手用の特別応援席に腰を落ち着けてみると、主人は記録係でデジカメを持ってウロウロし、妹は別の道場生に捕まって私とは離れた場所で観戦していました。試合が始まっても自分達が観戦するほうが忙しく私まで気にする様子は無い模様。
おーーーい、私をプロレスファンの道へ引きずり込む計画はどこいった?(汗)←寂しがり屋
まぁそれでも、空手の行事だから仕方なくといった感じで観始めましたが、『プロレス体験入門』で高い位置から落ちた時の受身やクロスのロープワークを観た時に最初のうろこが目から落ちました。
衝撃を吸収するためなのか、受身をする度にマットの下から物凄い音が響いて来てまずその迫力に驚き、全速力で走っている(ように見える)のに狭いマット上でぶつからないクロスのロープワークの技術にも驚きました。当たり前ですがプロなんだなぁ…と。
試合のほうも、最初は盛り上げ隊長として照れて応援しない女の子達に「せーので○○を応援するよ!!」と誘ってみたり、誰かがヒールレスラー(悪役)側につけば、わざと反対側について応援して応援合戦を楽しんだりしていましたが、いつの間にかリングの上のストーリーに引き込まれていて、ハラハラしたりドキドキしながらちょこっと本気で応援したりしていました。
試合が終わり『プロレス最高でしょ?』と言いたげな顔で「どうだった?」と感想を聞く主人に、「まぁね」と答えはしましたが次いで出てきたニヤニヤしながらの「プロレスハマった?」の問いは即否定しておきました。
最後にみちのくプロレスさんのご好意で記念撮影をすることになり、この日一番私をハラハラさせてくれた日向寺累選手と一緒に写真を撮りました。写真を撮るだけで良かったんですが、おっきな手でふわっと優しく握手までしてくださって嬉しかったです。ちょっとファンになりました。
人生初のプロレス観戦はなかなか楽しいものでしたが、ホームページの記事を書きながら主人がプロレスの技名や歴史などのうんちくを頼みもしないのに語りだすのを聞いていて、『私がプロレスにハマらないのは、こうやって語る旦那がうっとうしいせいだ』と気付きました(笑)
なにはともあれ以前ほどプロレスを毛嫌いしなくなったし、『プロレス=プロによるショービジネス』に変わったので計画は一部成功としておきましょう。
皆さんも良かったら一度見に行かれるといいですよ♪
(2008年8月)
◆気仙沼二郎選手に会えて感激!!
平成20年8月13日に行われる玉川村の夏祭りにて「みちのくプロレス」の興行が行われます。
その興行に先立ち、打ち合わせと言うことでみちのくプロレスから営業部長兼プロレスラーの気仙沼二郎さんが玉川村に訪れ、イベントの進行等について話し合いました。その話し合いに縁あってプロレスの大ファンでもある私が同席することになりました。
観客としてリングの下からは三度程お会いしていましたが、こんな間近でお会いできるのは初めてだったので、物凄く緊張しながら会議室に入りました。
気仙沼二郎さんを最初に見た印象は『あれ?意外に小さい?』でした。でも近づいていくにつれて鍛えられた筋肉の厚みがわかりやっぱり大きいなと思いました。
話の中で空手の子供達には沢山見に来ていただいて、リング上で型の演武を披露したりプロレス体験入門をしたら盛り上がるのではないかと気仙沼二郎さんから提案がありました。自分もそれには大賛成で、出来る限りの協力をしつつ少しでもプロレスファンが増えればいいなぁと思いました。本当はもっとたくさんお話ししたかったのですが、緊張してほとんど喋らずに打ち合わせは終了となりました。
私はリングの組み立てから手伝うことになっており今から8月13日が待ち遠しいといった状況です。
おまけにプロレスには全く興味のない妻を義妹と共謀してプロレスファンの道へ引きずり込もうと計画中なので、その結果も後ほどアップしたいと思います。
乞うご期待!!
(2008年8月)
◆岩田支部長のストーカー再び
平成20年6月15日(日)に代々木競技場第二体育館において、第6回全日本ウェイト制空手道選手権大会が開催されました。
今回は極真館主催の全国大会では初の東京開催となり、テレビ東京やスカパーでの放送も決定されるなど話題豊富な大会になりました。
自分は堀井支部長から試し割りの審判を頼まれていたんですが、自由組棒のエキシビジョンマッチに出場する妻の付き添いのほうがどちらかというとメインだったので、精神的にナーバスになっている妻を誠心誠意支えていました。
出番までまだまだ時間があったので妻と会場内をうろうろしていたところ、埼京支部の岩田支部長がテレビのインタビューを受けているところに遭遇しました。喋りが上手なところには前々から憧れていましたが、テレビカメラを前にしても少しも物怖じせずインタビューにハキハキと答える岩田支部長は、眩しいばかりに輝いていました。(照明もかなり当たっていましたが)
なかなか見られない光景に何となくウハウハしてしまい、岩田支部長の了解を得ないままその光景を写真に収めてみました。
後でその写真の使用許可をもらおうと岩田支部長のもとへ伺ったら、「(写真撮ってるの)気付いてましたよ」と笑いつつ快くホームページへの掲載許可を戴くことが出来ました。
今後も一ファンとして岩田支部長を追い続けて行きたいと思います。押忍!!
(2008年6月)
◆各道場へご挨拶に行きました
毎回大会への出場を決めると練習量を増やすために他の道場へ出稽古に行くのですが、今回も第6回型競技選手権大会に出場するため、白河道場・須賀川道場で型稽古を行うスペースを借りて試合前の調整を行ってまいりました。
その結果準優勝という成績を残すことが出来ましたので、その結果報告をするためにそれぞれの道場を訪問しました。
勝ち取ったトロフィーを道場生に触ってもらうことで感謝の意を表しながら、子供達が「自分もこんなトロフィーが欲しい!」と思って空手を頑張ってくれたらいいなぁ・・・なんてことを考えていました。
須賀川道場の吉田浩一師範代は今回の入賞について自分の事のように喜んでくださり、全員で記念撮影することになりました。
各道場の皆さん、本当にお世話になりました。
(2008年5月)
◆ゴールドライタンがやってきた♪
私事ですが、平成20年4月5日にめでたく34歳の誕生日を迎えました。
妻に「プレゼント何が欲しい?」と尋ねられたので、「ゴールドライタン!!」と即答しました。今までも事あるごとに口にしていたので、妻は呆れた様子で「またそれ?」と笑いました。でも違うんです!!
ゴールドライタンとは私が小学校低学年くらいの時に流行った超合金のロボットなんですが、ライターからロボットに変形するところと全身金色というところが子供心にとてもかっこいいと思い、一つだけ買ってもらった物をとても大切にしていたのです。それを不注意から紛失してしまい、子供の頃からずっと心のどこかに引っ掛けて大人になってしまったというとても特別な物なのです!
・・・と力説しても妻の態度は変わらず、「はいはい」となだめられてしまいました。
数時間後、「これ欲しい?」と妻が自分の携帯に表示させたネットの画像を見せてくれました。見ると超合金ゴールドライタン(復刻版)とあります。「ほ、欲しい!!」即答していました(笑)
数日後に手元に届いたゴールドライタンは、ライターからロボットへ変形する様、気品のある黄金の輝きとクリスタルカットのざらざらとした手触りは昔のままで、その日は感動のあまり10回以上も変形させてはにやにやしながら楽しんでしまいました。(後半妻にはうんざりした目で見られていましたが・・・)
4月13日に埼玉の久喜市体育館にて型講習会があったのですが、私は6人の道場生を車に乗せて会場へ向かうことになっていたので、その車内で自慢のゴールドライタンを皆に披露しました。対象年齢は15歳以上と説明書には書いてありましたが、今回は特別に小学生にも触れさせ、感動を分け与えました。一緒に行った吉田亜紀さんの「(見てるうちに)だんだんかっこよく見えてきた」という一言がとても嬉しかったです。
(こんな指導者ですが皆さん温かい目で見守って下さい(笑) by 妻)
(2008年4月)
◆増子指導員埼京支部訪問&お江戸歴史探訪一人旅
◆会津本郷道場主催のワカサギ釣り大会に参加しました
平成20年2月23日(土)に福島県北塩原村の桧原湖において、第1回極真館ワカサギ釣り選手権大会が開催されました。
昨年から会津道場の掲示板上で計画を進めており、当日は会津本郷道場から5名、増子家4名、玉川道場生3名の計12名が参加しました。
私が到着した頃には既に準備万端整っていて、テント内部にはワカサギを釣る穴まで開けてあり、テント内に落ち着くと仕掛けを施した釣竿が渡されて早速釣り方のレクチャーを受けました。
本郷道場生が釣り上げた数匹のワカサギを横目に見ながら竿を動かしていましたが、なかなかワカサギは釣れません。
それでもテントの中は快適で、ヘンリーさんからいただいた「怪しいコーヒー」をすすりながら釣りに勤しんでいました。
なかなか釣れないので子供達は早々に飽き、ソリ遊びをしたり勝手に湖面に穴を開けたり(そのトラップに本郷道場生が引っかかり長靴より深く穴に入ってしまいビショビショに濡れてしまうハプニングが起こりました)など大騒ぎしていました。
結局、自分達が到着してからは誰も釣れなくて、吹雪いてきたため大会は終了となりました。
大会終了後は全員で食事を済ませ、温泉に入って交流を深めました。ワカサギは釣れませんでしたが、皆で空手の話が出来て凄く楽しかったです。また是非来年も開催していただきたいと思います。
↑これが湖の上なんて信じられません |
↑玉川道場生のテント |
◆伝記に学ぶ
最近、戦国時代と幕末の本を近所の図書館から借りて、夜寝る前に読むのが日課になっています。
呼んでいるのは小学生が読むようなわかりやすいもので、これまで北条早雲・山中鹿之介・上杉謙信・織田信長・武田勝頼・足利義昭・島津義久・徳川家康・真田幸村・高山右近・天草四郎・島津斉彬・西郷隆盛・坂本竜馬・徳川慶喜・高杉晋作と様々な本を読んできました。
読んでいくうちに、戦国時代では今で言う中学生くらいの年頃の青年が戦場で勇敢に戦い、また、幕末の時代では成人に満たない若者が日本を如何にしてよくするか真剣に考えていたことを知り、読んでいるうちに何も考えずただ何となく生きている自分がとても恥ずかしく思えてきました。
そんな中、私が特に興味を持ったのは長州藩の高杉晋作でした。少数精鋭の奇兵隊を率いて幕府軍と戦い、見事勝利したが志半ばで短い人生遂げてしまった立派な人で、「面白きこともなき世を面白く」という辞世の句(自分の考え方一つでつまらない世の中でもおもしろく出来るという意味)は今の時代にも言えることで、私の心にズシンと響きました。
これまで33年間生きてきて、初めて歴史の面白さや奥深さに気付くことが出来ました。
今後も色々な視点から歴史を勉強して、生きていく糧にしていきたいです。(2008年1月)
◆やっぱり健康が一番!
私はよく人から、悩み事がなさそうとか人生楽しそうだねとか言われる事が多いのですが、そういう人こそ実は多くの悩み事を抱えているものです。
そんな私が今一番悩んでいる事は臀部(でんぶ・おしりの事)の鈍痛です。
須賀川の釈迦堂川花火大会を家族と見に行った際に、アスファルトの上に座っていたら帰る頃にはお尻が痛くなっていました。硬いところに座っていたから、とすぐに治ると思っていたら翌朝になっても治っていませんでした。
日に日に強くなるその痛みは日常生活にも支障をきたしているほどで、座る、立つ、トイレで用を足す、歩く、走るなどの動作の時に重い痛みを感じ、そして何より空手が出来ないというのが一番のストレスになっていました。
ついに痔になってしまったか…とショックを受けつつ市販の薬を試してみましたが、これが全く効かずなかなか治らないので心配になり病院に行くことにしました。原因を調べるために触診(お医者さんに直接指でぐりぐりされます。痛くて気分が悪くなります)を受けたり、変な器具をお尻に入れての検査(これが触診よりも痛かった)をされました。
自分では「痔」だと思っていましたが検査の結果痔は見つからず、外傷から来る痛み(打ち身等)か関節の痛みだろうということでした。痛み止めを処方してもらい、それを飲んでいれば治るはずだと言われて安心しました。
打ち身と言われてもぶつけたりした覚えは全くなく、もし痛めた原因が花火大会だったとしたら自分って相当弱いよね…なんて妻と笑いながら話をしました。やっぱり健康が一番です。
結局痛む原因は分からずじまいでしたが、一日も早く治して空手復帰したいと思います。(2007年8月)
◆意外な空手の効果
私は就職してからずっと職場の野球チームに所属していますが、道場を任されるようになってからはほとんど練習に顔を出したことがなく、試合に行くのにユニホームすら持参せずに最初から応援する側に回っていました。
しかし、今年の私は気分を新たにして、なるべく試合に顔を出しユニホームにも袖を通すよう心掛けました(相変わらず空手ばかりして、野球の練習には参加していませんが)。
その結果、人数が足りない関係で試合にも出させていただき、ここ3試合では三振は一つもなく、打率4割の2打点をマークして只今絶好調です。
私の活躍は特に関係ありませんがチームも地区予選を制覇し、県大会への出場が決定しました。
最近バッターボックスに立つと、空手の稽古が野球に役立っているのだとつくづく感じます。バットの握りは木刀の握りですが、木刀の素振り稽古がバットの振りを鋭くしているようで、自分でもうまく振れているような感じがします。そして、何よりもピッチャーの投げてくるボールがよく見えるのです。これは組手などで動体視力が前より少し良くなっているのかなと自分なりに分析しています。
これからも一生懸命に空手の稽古をして、野球に活かしたいと思います。(野球の練習もしろよってチームメイトに突っ込まれそうですが)
◆宝くじが当たるより低い確率・・・のはずなのに
私は、職場に献血車が来ると必ず献血をしているのですが、2ヶ月ほど前に献血した際に骨髄バンクへのドナー登録を勧められました。
「登録したとしても該当するのは宝くじが当たるより低い確率」という説明を受け、軽い気持ちで家族にも伝えずに骨髄バンクへ登録してみました。
その一ヵ月後、オレンジ色の封筒が私の元へ届きました。
封筒に書かれた『至急』の文字にドキドキしつつ封をあけてみると、その通知書は自分の白血球の型(HLA型)と適合する患者さんがいるという内容でした。調べてみると(少し難しい話になりますが)、このHLA型が一致する確率は、同じ両親から遺伝子を受け継いだ兄弟姉妹間で25%。親子間では、子供は両親の遺伝子を併せ持っているのに親はお互いの配偶者の遺伝子を持っていないため、一致する確立はさらに低くなるそうです。血縁者以外と一致する確立は、一番多いHLA型の人で数百人に一人。そうでなければ数万人に一人というように確率はどんどん低くなっていきます。
それから数日間、私は凄く悩みました。骨髄移植はとても痛いと聞いているし、失敗して後遺症が出ないとも言い切れません。正直なところ断ってしまおうかとも考えました。
けれどいろいろな人から話を聞いたり、同じようにドナー適合の通知をもらった人の体験談を読んだりしているうちに、今までそこまでの人助けをしたことがあっただろうか?つらいことから逃げようとしていないか?と、断ろうとしている自分を戒めるような考えが浮かんでくるようになりました。
いろいろと自分で考え、家族とも相談した結果、骨髄を提供する意思を固めました。
決め手となったのは、テレビのあるドキュメント番組でした。その内容は、自分の子供が白血病で苦しんでいるにも関わらず、親子間では適合しなかったために適合者が現れるまでひたすら待っているという内容で、それを観て自分が選ばれたのは何かの運命なのではと感じたからです。(妻は最初からそう言っていましたが…)
早速提供する意思をアンケート用紙に書いて郵送し、コーディネーターの方と何度が連絡調整を行いました。
しかし、私が現在蓄膿症の治療中(ドナーの健康状態が万全でない)であったため、今回の骨髄提供は残念ながら見送りになってしまいました。
この出来事があって、改めて「人の命」や「自分の命」、「家族にとっての自分」や「社会の中の自分」などについて真剣に考える事が出来ました。
常日頃から自分の体調に気を配り、今後また患者さんと適合することがあれば是非万全の体調で臨みたいと思います。(2007年4月)
◆増子指導員、総本部へ行く〜(ウルルン滞在期の下条アトム風に)
既に全国の空手を学ぶ少年部に向けての教本が出版されていますが、今度は一般部に向けた本を製作するということで、岡崎師範に同行して石川道場の吉田亜紀さんと共に総本部へ赴きました。総本部へは稽古で何度か行っていますが、毎回総本部の門をくぐって稽古場までの階段を下りるたびに、緊張で足取りが重くなります。
廬山館長に挨拶した後、道着に着替えて早速撮影に入りました。
岡崎師範や石島先生、村椿先生といった技術委員の方々が次々に技を披露していき、とても自分の出る幕はないなと思っていましたが、廬山館長から直々に「増子もやってみろ」と声をかけていただき、少しだけ撮影に参加することが出来ました。カメラの前だと試合とは違った独特の緊張感があり、思うように体が動かなかったり動揺した気持ちを落ち着かせるのに必死でした。
本の取材は午前10時から午後7時過ぎまでと長時間で、一冊の本を作るということはもの凄く大変な作業だと感じました。
今回、撮影に参加させていただいて、技術委員の方々のレベルの高さや極真館の空手が目指す方向性などを再確認でき、はるばる遠い福島から来た甲斐があったと思いました。(2007年5月19日)